若碇 成剛(わかいかり せいごう、2005年2月22日 - )は、京都府京都市西京区(出生地は東京都江戸川区)出身で、伊勢ノ海部屋所属の現役大相撲力士。本名は齋藤 成剛(さいとう せいごう)。身長176cm、体重119kg。最高位は東十両9枚目(2025年3月場所)。
父は伊勢ノ海部屋の元幕内・大碇剛(年寄・10代甲山)。弟は伊勢ノ海部屋の碇潟忠剛。
来歴
元幕内・大碇(当時は準年寄)の長男として、東京都江戸川区に生まれる。
5歳から相撲を始めて、東京の小松竜道場に通った。
中学校2年時までは、軽量が祟って全国大会に出場することはかなわなかったが、中学校3年時になると、全国大会へ出場できるようになり、全国少年相撲選手権大会で団体優勝を経験した。。
埼玉栄高校3年時には、相撲部主将を務め、全国高校相撲宇佐大会個人ベスト8、国体個人ベスト16などの実績を残した。
高校相撲で実績を残したため、複数の大学から勧誘を受けたが、10代甲山から、早く入門したほうが良い、と助言されたことを受けて、大学には進まず、大相撲の伊勢ノ海部屋へ入門することを決めた。
若碇は後に「4年後よりもベストなタイミングで入ったと思う」と振り返っている。
2022年12月11日に伊勢ノ海部屋入門を発表し、高校卒業を待たずに2023年1月場所で初土俵を踏んだ。
新序出世披露では、父が現役時代に使用した化粧まわしを締めて、土俵に上がった。
2023年7月場所は7戦全勝で、朝白龍との優勝決定戦を制して三段目優勝を果たした。
翌9月場所で幕下に昇進し、幕下7場所目となった2024年9月場所は、西幕下2枚目の地位で4勝3敗の成績を残し、7番相撲終了時点で、場所後の十両昇進が濃厚視されるかあるいは確実視された。
同月25日、日本相撲協会は、11月場所番付編成会議を両国国技館内で行い、若碇の昇進を決めた。
親子での関取昇進は、史上13組目となる。元北勝鬨の伊勢ノ海としては、初の子飼いの関取。
新十両会見では、入幕したら父の現役時代の四股名「大碇」を襲名することも考えている、と明かした。
東十両13枚目で迎えた11月場所、4日目に幕下の上戸との一番が不戦勝となり初勝利を挙げたが、6日目まで取組では全敗し1勝5敗となった後、7日目の千代丸戦で取組での初勝利を挙げてから5連勝、13日目に7勝目を挙げたが残る2日を連敗し7勝8敗に終わる。
2025年1月場所は同地位にとどまり、初日から4連勝、1敗の後5連勝で優勝争いに加わっていたが、11日目相星の獅司との取組に敗れ2敗となった際負傷、翌日から左上腕二頭筋腱遠位断裂のため休場となった。
人物
- 本人は生まれも育ちも東京だが、家族の影響で普段から関西弁を話す。
- 日本相撲協会公式のプロフィールにおける出身地は、入門当初は東京都江戸川区になっていたが、2024年3月場所から父の10代甲山と同じ京都府京都市西京区に変更された。若碇本人はプロフィールの変更を事前に知らされておらず、甲山が手続きをしたのではないかと推測している。
- 2013年に末妹と母を立て続けに亡くしている。以来父子家庭で育ち、東京場所では父が自身を含む残された3人の息子の育児を行った。父は運動会は息子3人の分の弁当を作って応援し、授業参観は可能な限り出向いた。
- 協会公式プロフィールによると、好きな歌手はTHE BLUE HEARTS、趣味はNetflix鑑賞、好物はうなぎ、好きなTV番組は『水曜日のダウンタウン』、好きなドラマは『地面師たち』。
取り口
2024年3月場所前の追手風部屋での出稽古では、一気に前に出る鋭い出足や力強い投げ、タイミングの良い出し投げなど多彩な技を披露した。同年5月場所中、舞の海はNHK大相撲中継の解説で、正攻法の相撲の強さと技術を指して「栃ノ海の再来」と期待を寄せた。同年9月場所前の荒汐部屋での出稽古では、身長で約15cm、体重で約50kgも大きな新十両の大青山に善戦する場面も見られた。
主な成績
2025年3月場所終了現在
通算成績
- 生涯戦歴:73勝39敗3休(14場所)
各段優勝
- 三段目優勝:1回(2023年7月場所)
場所別成績
改名歴
- 若碇 成剛 (わかいかり せいごう)2023年1月場所 -
脚注
注釈
出典
関連項目
- 大相撲力士一覧
外部リンク
- 若碇 成剛 - 日本相撲協会



